黒潮町出身の美術家《浜田浄さん企画展》制作の原点にある”心の空間”とは?独自の抽象表現に迫る
2025年3月6日(木) PM7時39分
高知市で開催されている県出身の美術家・浜田浄さんの企画展。独自の抽象表現が魅力です。制作の原点にある心の空間とは?87歳の浜田さん本人に解説していただきました。
高知市の県立美術館で開催中の「浜田浄 めぐる 1975-」。黒潮町出身の美術家・浜田浄さんの過去最大規模の個展です。
浜田さんは1937年生まれ。高校時代まで高知で過ごし、東京の多摩美術大学に在学中、作品を発表し始めました。
この企画展では周囲からの評価が高まってきた1975年からおよそ半世紀にわたって制作してきた61点が展示されています。
1975年、30代の作品です。
浜田浄《work75-7》1975年、作家蔵
漆黒に浮かび上がる7本の朱色の線。
美術家・浜田浄さん:
「1975年がこういう作品を本格的に発表するようになった。それまでも発表はしていたけども僕にとってはやっぱり重要なポイントになっていますね。1975年っていうのはね」
この朱色の線は何なのでしょうか。
美術家・浜田浄さん:
「この線というのは夕日の情景もイメージすることができるし、それから暁光、朝の水平線から昇る光っていうのも。でも、それをそのまま表現の中で生かすわけじゃなくてもう一歩踏み込んだ所でこれはそういう意味では造形していますよね、造形化している」
故郷・黒潮町入野海岸の水平線のイメージが投影されています。
続いては1983年、40代の作品。
浜田浄《DRAWING 床(1)》1983年、高橋龍太郎コレクション
白と黒の厚紙で構成されています。
美術家・浜田浄さん:
「黒く塗ることによって物質感っていうのが出てきますよね。それをより強調するために2枚の紙があってそれをくるっと」
「だからこう重ねることによってもう1つ世界が見えますよね。これ(重なってない部分)とは違うね」
実はこの「黒」。鉛筆で線を引き重ねるドローイングという技法で描かれています。当時、浜田さんは、東京の小学校で美術教師を務めていて、身近にあった「鉛筆」で制作しました。
美術家・浜田浄さん:
「時間は分からないけれども鉛筆の数は大体分かる」
田村アナウンサー:
「どのくらいの4Bの鉛筆を使ったんですか?」
美術家・浜田浄さん:
「200本くらいじゃない?」
田村アナウンサー:
「200本!?」
とても抽象的な浜田さんの作品。どう鑑賞したらいいのでしょうか。
美術家・浜田浄さん
「何かこう分かろうとして物を見るんじゃなくて、何かそこで気付いてもらうっていう『心の空間』って僕よく言ってるんですけど、そういう空間の中で何かが動き始めてくれるとうれしいなと思ってるんです」
浜田浄さんの企画展は4月13日まで県立美術館で開かれています。










